澁谷有樹、40点から88点へ ― Ge3y’s代表が語る創業期の苦労と、車と飲食のいま

人生スコアが一時は40点まで落ち込み、コロナ直後には88点まで駆け上がった人がいる。Ge3y’s(ジェミーズ)株式会社代表・澁谷有樹さんだ。現在のスコアは85点。輸入車の販売からコーティング、カスタム、整備までを手がける自動車事業と、都内で複数店舗を展開する飲食事業、ふたつの柱を持つ経営者の歩みを聞いた。

Who’s in this story

Ge3y's(ジェミーズ)澁谷有樹さん

お名前:澁谷有樹

ふりがな:しぶやゆうき

所属:Ge3y’s(ジェミーズ)株式会社 / 代表 / 自動車販売・コーティング

プロフィール:澁谷有樹は、Ge3y’s株式会社の代表を務める。

003:【Ge3y’s株式会社 澁谷有樹】コロナ禍で飲食と自動車業が好調だった理由
一粒の星砂
003:【Ge3y’s株式会社 澁谷有樹】コロナ禍で飲食と自動車業が好調だった理由
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※この記事は、ポッドキャストのエピソードをもとに作成しています。音声で聴きたい方は、上のプレーヤーでお聴きください。

Experience

創業期、辞めていく社員と事故続きの現場、人生スコア40点

創業初期の離職と事故、コロナ後に好転した日々

澁谷有樹さんが会社を立ち上げたばかりの頃、最も苦しんだのは人材の定着だったという。採用してもすぐに離職してしまい、現場は常に人手が足りない。残ったスタッフに業務のしわ寄せがいき、疲弊した現場ではミスやトラブルも増えていく。そうした悪循環のまっただ中にいた時期を、澁谷さんは「人は辞めちゃうし事故は多いしとか」と振り返る。ひとつの原因が別の原因を呼び込むように、次々と課題が重なっていった時期だったことがうかがえる。

当時の職場環境について、澁谷さんは隠すことなく口にする。「結構ブラック企業だったので」という一言には、経営者自身がその状況を自覚しながらも、すぐには抜け出せずにいたもどかしさがにじんでいる。勤務時間の実態についても、澁谷さんは「朝は早いわ、夜は遅いわ」と語る。早朝の準備から深夜の後片付けまで、休む間もなく働き続ける毎日が当たり前になっていた。経営者である澁谷さん自身も、スタッフと同じように長時間現場に立ち続けていたのだろう。

人生スコアで40点という数字が記録されたのは、まさにこの時期のことだ。会社を軌道に乗せたいという思いと、人が定着せず現場が思うように回らないという焦りが同時にあった。辞めていくスタッフを見送りながら、それでも事業を止めるわけにはいかない。先の見えない中でもがくような日々だったことが、澁谷さんの短い言葉の端々から伝わってくる。

そこから時間が経ち、事業の体制は少しずつ整っていった。どのような工夫や変化を経て人材の定着や事故の減少につながっていったのか、具体的な過程は今回の収録では詳しくは語られていない。それでも、この苦しい時期を乗り越えた先に、澁谷さんにとって大きな転機となる時期が待っていた。コロナ直後、自動車事業と飲食事業の両方が同時に軌道に乗り、人生スコアは88点という最高値に達する。創業期の40点から88点への道のりは、辞めていく人を見送りながらも事業を続けた澁谷さん自身の粘り強さが土台になっていたと言えるだろう。

Expertise

輸入車の販売から整備まで、いまのGe3y’sの仕事の型

車の現場感覚を飲食オペレーションへ転用する判断

現在、澁谷さんが手がける自動車事業は、輸入車の販売だけにとどまらない。拠点は東京・世田谷区で、コーティング、カスタム、整備までを自社で一気通貫して対応している。販売して終わりではなく、購入後のメンテナンスやカスタムの相談まで、顧客が車に関して困ったときにまず頼れる窓口でありたいという考えが、いまの事業の形に表れている。

この姿勢を澁谷さんは「車に関することなら何でも任せてください」という一言で表現する。輸入車は国産車に比べてパーツの調達や整備のノウハウが特殊になりやすい分野でもある。そのなかで販売からアフターケアまでをひとつの窓口で引き受けられることは、車を預ける側にとって大きな安心材料になっているはずだ。世田谷という拠点を軸に、顧客との継続的な関係を前提にした事業の組み立て方が、いまの自動車事業の型になっている。

一方、飲食事業ではバーを3店舗、まぜそば店を2店舗、代々木・渋谷・西新宿・恵比寿といったエリアに展開している。立地を一点に集中させるのではなく、都内の複数エリアに店を構えることで、それぞれの街の客層に合わせた業態を置いているかたちだ。収録時点では、恵比寿エリアで4店舗目となる新しいバーの契約が進んでいるという話もあり、いまも出店のペースを緩めていないことがうかがえる。

飲食事業の手応えについて、澁谷さんは「飲食の方も良かったんですよ」と語る。収録では、自動車と飲食の両方が同時に好調だった時期のことが、事実として触れられている。

Authoritativeness

Ge3y’s株式会社代表、世田谷から恵比寿までの多店舗展開

車の現場感覚を飲食オペレーションへ転用する判断

澁谷有樹さんは、Ge3y’s(ジェミーズ)株式会社の代表を務めている。自動車事業では東京都世田谷区を拠点に、輸入車の販売、コーティング、カスタム、整備までを手がけている。飲食事業では、バーを3店舗、まぜそば専門店を2店舗展開しており、エリアは代々木、渋谷、西新宿、恵比寿に及ぶ。収録時点では、恵比寿エリアで4店舗目となるバーの新規契約が進んでいるという話も伺った。

人生スコアの推移を見ても、40点だった創業期から、コロナ直後には88点という最高値に達している。この好調期について澁谷さんは「車の方の業績も良くて飲食の方も良かった」と、ふたつの事業が同時に成果を上げていたことを語っている。片方だけが好調だったのではなく、自動車と飲食という二本柱がそれぞれ機能したことが、この時期の数字を支えていたことがわかる。

現在のスコアは85点。かつての88点には届かないものの、創業期の40点から見れば大きく回復し、高い水準を維持し続けている。輸入車販売から整備まで対応する自動車事業と、都内複数エリアに広がる飲食事業。異なる業態をそれぞれ複数店舗まで育て上げてきたという事実そのものが、代表としての澁谷さんの歩みを物語っている。自動車と飲食というふたつの柱を太くしてきたことは、経営者としての実績として評価されてよい部分だろう。

Trustworthiness

人との関わりを大切にする、澁谷さんの原点

Ge3y'sで大切にしている、現場の誠実さ

澁谷さんの経営スタイルを語るうえで欠かせないのが、人との関わりを大切にする姿勢だ。これは事業を伸ばすためのテクニックというより、もっと根っこにある価値観のようなものだという。収録のなかでは、その背景として、若い頃から人との交流を自然に大事にしてきた家庭環境があったという話もあった。幼い頃から人と関わることを当たり前のように大事にしてきた土壌が、のちに経営者として多くの人と関わりながら事業を広げていくうえでの基盤になっているのかもしれない。

創業期には人材が定着せず、辞めていくスタッフを見送らなければならない苦しい時期もあった。それでも事業を続け、やがて自動車と飲食の両輪で好調な時期を迎え、現在も複数の店舗を運営し続けている。その過程を通して澁谷さんが一貫して持ち続けているのが、人との関わりを大切にするという姿勢なのだろう。リスナーへの気づきとして語られたのも、まさにこの点だった。人との関わりを大切にし、その姿勢をビジネスの中でも自然に活かしていくこと。華やかな数字の裏には、地道に人と向き合い続けてきた澁谷さんの時間があったことが伝わってくる。

自動車事業の詳しい内容については、Ge3y’s(ジェミーズ)株式会社の公式サイトで確認できる。輸入車の販売からコーティング、カスタム、整備まで、車に関するあらゆる相談に対応しているという、澁谷さん自身の言葉どおりの体制が、そこにはいまも続いている。

この回のゲスト

Ge3y's(ジェミーズ)澁谷有樹さん

澁谷有樹
Ge3y’s(ジェミーズ)株式会社 / 代表

澁谷有樹さんは、Ge3y’s株式会社の代表として、輸入車の販売から整備までを手がける自動車事業と、都内で複数店舗を展開する飲食事業を運営しています。創業初期には人材の定着に苦しみ、現場の事故も多発するなど厳しい状況に直面しましたが、粘り強く事業を続けた結果、コロナ直後には両事業が軌道に乗りました。現在、世田谷を拠点にした自動車事業では、顧客に安心を提供する一貫したサービスを展開し、飲食事業では代々木や渋谷など多様なエリアで店舗を運営しています。自動車と飲食、それぞれの現場を並行して続けていることが、収録からも伝わってきます。

この回の音声は、ポッドキャスト『一粒の星砂』第3回でお聴きいただけます。

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